空母好き

ミッドウェイ

1/800 空母ミッドウェイのプラモデル 横須賀は第二の故郷:日本との絆

1973年から1991年までの約18年間、ミッドウェイは横須賀を母港(ホームポート)とし、日本社会の中に深く根を下ろしました。それは日米安保体制の象徴であると同時に、数えきれないほどの人間ドラマが生まれた「日米交流の黄金時代」でもありました。
キティーホーク

1/800 空母キティーホークと横須賀に配備した引退まじかの空母

横須賀に古い空母、正確には「通常動力型(ボイラー船)」の空母が配備され続けた最大の理由は、日本の**「核」に対する国民感情と政治的配慮**にあります。アメリカ海軍は1960年代から、空母の主力を原子力(CVN)へとシフトさせ始めました。
カールビンソン

1/800空母カール・ヴィンソンのプラモデルと20年後の空母の未来

20年後の空母の最も大きな変貌は、物理的な攻撃力よりも「データの統合能力」にあります。分散型作戦(DMO)の指揮官: 以前のように空母自身が敵の目の前に行く必要はありません。空母は安全な後方に位置しながら、AIを駆使して戦域全体の指揮を執ります。
インディペンデンス

1/800空母インディペンデンス「世界初のスーパー・キャリア」の軌跡

1970年代という、F-4ファントムIIやA-6イントルーダーといった大型のジェット機が主流となった時代において、この「着陸・離陸・駐機を同時に成立させる」という画期的なアイデアは、空母を真の「海上の航空基地」へと進化させたのです。
タイコンデロガ

1/800自作空母タイコンデロガと神風特攻隊の攻撃について

1945年1月、一隻のアメリカ空母が壊滅的な打撃を受けました。2機の神風特攻隊による直撃を受け、艦上は地獄絵図と化し、誰もが「この艦の戦役は終わった」と確信しました。しかし、タイコンデロガは驚くべきことに、わずか数ヶ月後には再び戦場へと姿を現したのです。
航空機

プラバンで自作したF-35Cの紹介

プラバンで自作したF-35です。 製作期間は正確には覚えていませんが、おおよそ2ヶ月ほどかかったと思います。1日あたり1~2時間程度の作業で、コツコツと進めていました。 1/800スケールなのでとにかく小さくて細かすぎて、めちゃくちゃ面倒な作業でした(笑)
カールビンソン

1/800空母カールビンソンのプラモデルとアメリカ空母の艦内生活について!

米海軍の主力艦として、日本近海にも度々展開する原子力空母「カールビンソン」。その圧倒的な威容に目を奪われがちですが、その厚い装甲の内側では、数千人の若者たちが数ヶ月に及ぶ過酷な任務を遂行しながら生活しています。
キティーホーク

1/800空母キティーホークのプラモデルと最後の通常動力型スーパーキャリアについて

アメリカ海軍の象徴として、半世紀近くにわたり世界の海を走り続けた空母キティーホーク。「最後の通常動力型スーパーキャリア」として知られるこの巨大な艦は、冷戦の緊張から対テロ戦争まで、 現代史の最も重要な瞬間を目撃し続けました。
インディペンデンス

空母インディペンデンスのプラモデルとF-14トムキャットがもたらした戦力進化について

米海軍の主力であったF-4 ファントムIIから、F-14 トムキャットへの機種転換。これは単に「新しい飛行機を載せた」というレベルの話ではありませんでした。それは、空母インディペンデンスという「矛」が、「鉄壁の盾」と「神の眼」を同時に手に入れた瞬間である
タイコンデロガ

1/800 自作空母タイコンデロガとアングルドデッキの解説

初期の長方形のようなスッキリした形から、後期には左側に大きく張り出した複雑な形へと変貌を遂げています。 実はこの変化、単なるデザイン変更ではなく、「ジェット機の時代」を生き抜くための決死の生存戦略だったのです。