
空母カールビンソン USS Carl Vinson (CVN 70)
排水量 74,086トン
満載排水量 100,000トン
全長 333 m
最大幅 77 m
就役 1982年3月13日
空母カールビンソン USS Carl Vinson (CVN 70)
今回は空母カールビンソンに1990年代の艦載機を搭載しました。この時代の主な艦載機を紹介します。
F-14 トムキャット
役割:艦隊防空戦闘機
特徴:可変翼設計、空中戦および迎撃任務に使用。
1990年代を通じて主力戦闘機として運用されたが、2000年代初頭に退役開始。
運用期間:1974年~2006年(1990年代は全盛期)。
F/A-18 ホーネット
役割:多用途戦闘攻撃機
特徴:戦闘および攻撃任務を両立。
1990年代にA-6やA-7の後継として広く採用され、特にF/A-18C/Dが主力に。
運用期間:1983年~現在(1990年代に大幅導入)。
A-6E イントルーダー
役割:全天候型攻撃機
特徴:精密攻撃や夜間・悪天候下での作戦が可能。
1990年代中盤に退役が進み、1997年までに空母から完全撤退。
運用期間:1963年~1997年。
A-7 コルセアII
役割:軽攻撃機
特徴:低コストで高性能な攻撃機。
1990年代初頭(1991年頃)に空母での運用が終了し、F/A-18に置き換わった。
運用期間:1967年~1991年。
S-3B バイキング
役割:対潜哨戒機、空中給油、偵察
特徴:対潜水艦戦(ASW)や洋上監視を担当。
1990年代はまだ広く運用されていたが、2000年代に段階的に退役。
運用期間:1974年~2009年。
E-2C ホークアイ
役割:空中早期警戒(AEW)機
特徴:空母の「目」として索敵・指揮統制を担当。
1990年代を通じて主力の早期警戒機として運用。
運用期間:1964年~現在(1990年代はE-2Cが主力)。
EA-6B プラウラー
役割:電子戦機
特徴:敵のレーダーや通信を妨害。
1990年代を通じて空母の電子戦任務を担い、重要な支援機として活躍。
運用期間:1971年~2015年。
C-2 グレイハウンド
役割:艦上輸送機
特徴:空母への人員、物資、郵便の輸送を担当。
1990年代を通じて空母航空団の後方支援で重要な役割を果たした。
運用期間:1966年~現在(1990年代はC-2Aが主力)。
SH-3 シーキング および SH-60 シーホーク
役割:対潜・捜索救難ヘリコプター
特徴:SH-3は1990年代初頭まで使用され、SH-60が後継として1990年代に主力化。
対潜戦や兵員輸送、捜索救難を担当。
運用期間:SH-3(1961年~1990年代初頭)、SH-60(1984年~現在)。
●補足
1990年代の特徴
この時期は、F-14やA-6といった冷戦期の機体がまだ運用されていた一方、F/A-18ホーネットへの移行が急速に進んだ時期です。
湾岸戦争(1991年)では、A-6やA-7が実戦で活躍しましたが、その後すぐに退役が進みました。
空母の編成
典型的な1990年代の空母航空団は、戦闘機(F-14)、攻撃機(F/A-18、A-6)、対潜機(S-3)、電子戦機(EA-6B)、早期警戒機(E-2)、輸送機(C-2)、ヘリコプター(SH-3/SH-60)で構成され、任務の多様性を確保していました。
1990年代後半には、F/A-18E/Fスーパーホーネットの導入が始まり、2000年代にF-14やS-3の後継として本格化しました。



アメリカ海軍空母の食事:栄養と士気を支える大規模給食システム
アメリカ海軍の空母での食事は、乗組員の健康、士気、任務遂行能力を支える重要な要素です。
約5,000人以上が生活する巨大な「浮かぶ都市」である空母では、食事の提供は大規模かつ効率的に運営され、乗組員の多様なニーズに応える工夫が凝らされています。
以下に、食事に関する特徴をさらに詳しく説明します。
食事の提供体制大規模な給食システム
空母では1日約15,000食(朝食、昼食、夕食、深夜食)を賄う必要があり、厨房(ギャレー)は24時間体制で稼働します。
乗組員の勤務シフトに合わせ、食事は複数の時間帯で提供され、特に深夜勤務者向けの「ミッドラッツ(Midrats)」が用意されます。
これは軽食からフルミールまで幅広く、夜間任務のエネルギーを補給します。
メニューの多様性
アメリカ海軍は多国籍な乗組員で構成されているため、メニューも多様です。
アメリカの定番(ハンバーガー、ピザ、フライドチキン)から、メキシコ料理(タコス)、アジア風料理(炒め物やカレー)、イタリア料理(パスタ)まで提供されます。
また、イスラム教徒向けのハラル食やベジタリアン、ビーガン向けのオプションも用意され、食事制限や宗教的要望に対応しています。
食事の頻度とスケジュール
乗組員は通常、4~6時間ごとに食事が提供されるシフト制を利用。
長時間の任務でも栄養が不足しないよう、軽食やスナックも常備されています。
食事の質と食材管理栄養バランスの重視
海軍の栄養士がメニューを設計し、カロリーや栄養素(タンパク質、炭水化物、ビタミンなど)を厳密に管理します。
長期間の海上任務では、体力と精神の健康維持が不可欠なため、バランスの取れた食事が提供されます。
例えば、野菜、果物、肉類、乳製品を組み合わせたメニューが基本です。
食材の補給と保管
空母には巨大な冷蔵・冷凍庫があり、数週間分の食材を保管可能です。
新鮮な野菜や果物、肉類は定期的に補給船から補充されますが、長期任務では冷凍食品や缶詰、乾燥食品に頼ることもあります。
船内ではパンやケーキ、クッキーなども焼かれ、新鮮な味わいが提供されます。
特別な食事イベント
感謝祭、クリスマス、独立記念日などの祝日には、七面鳥、ローストビーフ、ステーキ、パイなどの特別メニューが登場。
こうした食事は乗組員の士気を高め、家族から離れている環境での精神的な支えとなります。
また、「ピザナイト」や「アイスクリーム・ソーシャル」といったイベントも定期的に開催され、楽しみの一つとなっています。
厨房とサービスの運営巨大な厨房(ギャレー)
空母の厨房は、数百人分の食事を同時に調理できる最新の設備を備えています。
オーブン、グリル、大量調理用の鍋やフライヤーが揃い、効率的な調理が可能。
調理スタッフは専門の訓練を受けた海軍の給食担当者で、短時間で大量の食事を準備します。
セルフサービス形式
乗組員はカフェテリア形式で食事を取り、トレイに好みの料理を盛り付けます。
サラダバー、デザートコーナー、ドリンクステーションなども完備され、選択肢は豊富です。
士官と一般乗組員で食堂が分かれている場合が多く、士官用食堂ではやや高級感のあるメニューやサービスが提供されることもあります。
厳格な衛生管理
狭い船内では食中毒が大きなリスクとなるため、衛生基準は非常に厳しく、調理器具や厨房の清掃、食材の管理は徹底されています。
定期的な検査も行われ、乗組員の安全が確保されます。
食事の文化的・社会的役割士気向上の場
食事は単なる栄養補給を超え、乗組員のストレス解消や団結力強化の機会でもあります。
長期間の海上任務では単調な生活になりがちですが、食事の時間は仲間との会話やリラックスできる貴重なひとときです。
特に、特別なイベントやテーマ別の食事(例:タコスナイト、BBQデー)は乗組員に楽しみを提供します。
多様性の反映
乗組員の文化的背景を尊重し、さまざまな国の料理や伝統的な食事を取り入れることで、帰属意識を高めています。
例えば、アジア系の乗組員が多い場合、米や麺類を多めに用意するなど、柔軟な対応が見られます。
課題と工夫食材の制約
長期間の任務では新鮮な食材が不足し、冷凍や缶詰食品に頼る割合が増えます。
このため、調理スタッフは限られた食材でバリエーション豊かなメニューを作る工夫を凝らします。
例えば、冷凍野菜や乾燥スパイスを活用して風味を加えるなど。
好みの多様性
乗組員の出身地や食文化が異なるため、全員を満足させるメニューを提供するのは困難です。
海軍はアンケートやフィードバックを活用し、乗組員の好みを反映したメニュー改善に努めています。
スペースと時間の制約
空母の厨房や食堂はスペースが限られており、大量の食事を迅速に提供する必要があるため、効率性が求められます。
調理や配膳のプロセスは高度に最適化されています。
まとめ
アメリカ空母の食事は、栄養、効率、士気向上をバランスよく実現するためのシステムが整っています。
24時間稼働の厨房、多様なメニュー、厳格な衛生管理を通じて、乗組員は過酷な任務環境でも健康とモチベーションを維持できます。
特別なイベントや文化的配慮も取り入れられ、食事は単なる日常のルーティンではなく、乗組員の絆を深める重要な役割を果たしています。



カール・ビンソン:海軍近代化の立役者とその栄誉
カール・ビンソンとはどんな人物?
カール・ビンソン(1883年11月18日~1981年6月1日)は、アメリカのジョージア州出身の政治家で、民主党の下院議員として50年以上(1914年~1965年)にわたり活躍しました。
彼は特にアメリカ海軍を強く、近代的にするために尽力したことで有名で、「アメリカ海軍の父」と呼ばれるほどの影響力を持っていました。
農村で生まれ、法律家として働いた後、政治家となり、海軍の重要性を強く訴えました。
海軍への貢献
ビンソンはアメリカ海軍を強くするために多くの功績を残し、主なものを簡単に紹介しま
ビンソン・トランメル法(1934年)
この法律で、海軍の船(戦艦や航空母艦など)の建造を増やし、第一次世界大戦後に弱っていた海軍を立て直しました。
二洋艦隊法(1940年)
第二次世界大戦が始まる前、ビンソンはアメリカが太平洋と大西洋の両方で強い海軍を持つべきだと考え、この法律を推進。
たくさんの船や航空母艦、潜水艦を作り、戦争での勝利に大きく貢献しました。
海軍航空の強化
ビンソンは航空母艦や飛行機の重要性を早くから理解し、それらの開発を強く支持。現代の海軍が空母を中心に戦う基礎を作りました。
これらの努力により、アメリカ海軍は第二次世界大戦で大きな力を発揮し、その後も世界最強の海軍としてアメリカを支えました。
命名の決定(1974年)
ビンソンが91歳のとき、ニミッツ級航空母艦の3番艦に「カール・ビンソン」の名前が付けられることが決まりました。
アメリカ海軍では生きている人の名前を船につけるのはとても珍しく、それだけ彼が尊敬されていた証拠です。
就役(1982年)
1982年に空母カール・ビンソンは正式に就役しました。ビンソンは1981年に亡くなっていたため式には参加できませんでしたが、彼の家族や海軍関係者がお祝いしました。
まとめ
空母カール・ビンソンの名前は、アメリカ海軍を近代化し、強くしたカール・ビンソンの功績をたたえるものです。
彼の政策は第二次世界大戦やその後のアメリカの海軍力に大きな影響を与えました。
生きている間に名前が付けられたことは、彼の偉大さを示す特別な栄誉です。
USS Carl Vinsonは、ビンソンの夢である「強い海軍」を体現し、今日も世界の海で活躍しています。

