
空母カールビンソン USS Carl Vinson (CVN 70)
排水量 74,086トン
満載排水量 100,000トン
全長 333 m
最大幅 77 m
就役 1982年3月13日
空母カール・ビンソンに1960年代の艦載機を載せてみました。
カール・ビンソンは1982年に就役したので、約20年前の艦載機になります。使用したのは、スカイホーク、クルセイダー、スカイウォリアー、トレーサーなどの機体です。
プラモデルなら自由に組み合わせられるので、現代の空母に昔の戦闘機や攻撃機、偵察機を搭載するアイデアを形にしました。
1960年代の飛行機が現代の空母でどう動くかを想像するのは楽しく、プラモデルの魅力はこうした自由な発想を表現できるところにあると思います。


アングルドデッキ(斜め着艦甲板)使用中は航空機をどこに配置するのか?
今回はアングルドデッキを使用している状況を想定し、他の艦載機はアングルドデッキ以外の場所に移動しているシーンを再現しました。アングルドデッキを使用する場合、艦載機は主に以下の場所に移動します。
●飛行甲板
アングルドデッキは着艦用に主に使用されますが、艦載機は離着艦の合間に飛行甲板上の指定エリア(通常は艦首側や中央部)に駐機されます。
これらのエリアは、離着艦のスケジュールや運用状況に応じて整理されます。
●格納庫
艦載機は飛行甲板が混雑している場合や、整備・点検が必要な場合、格納庫甲板(ハンガーデッキ)に移動します。
これは空母の内部にある広いスペースで、エレベーターを使って飛行甲板と格納庫の間を移動します。
格納庫では、整備や武装の搭載、燃料補給などが行われます。
●待機エリア
飛行甲板上には、離着艦の邪魔にならないように艦載機を一時的に駐機する「パーキングエリア」が設けられています。
アングルドデッキの運用中は、艦載機は主に艦首側やアングルドデッキ以外の場所に移動し、配置されます。
●着陸した後
艦載機は、着艦後にアレスティングワイヤーから外されて飛行甲板上の安全なエリアに誘導されます。
デッキクルー(甲板員)がトラクターや手信号でこれを管理します。
●アングルドデッキの利点と運用
アングルドデッキは、着艦ミス(ボルター)時に艦載機が安全に再離陸できるように設計されており、飛行甲板の他のエリアを塞がずに運用が可能です。
そのため、着艦中も他の艦載機は飛行甲板や格納庫で準備を続け、効率的な運用が実現します。
要するに、艦載機は運用状況に応じて飛行甲板の駐機エリア、格納庫、カタパルト周辺を行き来し、アングルドデッキの使用中は主にその周辺を避けて配置されます。



1960年頃のアメリカ空母の数は他国と比べてどれだけ多いのか?
今回は1960年頃の艦載機を搭載したので、この時代アメリカの空母の数は他国の空母よりどれだけ多かったのか調べてみました。
以下に、当時のアメリカと他国の空母保有数を比較し、その差を説明します。
アメリカの空母数1960年頃は、第二次世界大戦後の大規模な海軍力を維持しており、航空母艦の数は非常に多かったです。
具体的には、以下の通りです。
正規空母(CV/CVA/CVB/CVN)
エセックス級、ミッドウェイ級、フォレスタル級など、約20~24隻の正規空母が就役中でした。
エセックス級だけで20隻以上が第二次世界大戦中に建造され、1960年代初頭にはその多くが現役または予備役として運用されていました。
護衛空母(CVE)
第二次世界大戦中に大量建造された護衛空母は、1960年頃には多くが退役または予備役に移っていましたが、一部は訓練や輸送任務で使用されていました。
原子力空母
1961年に初の原子力空母「エンタープライズ(CVN-65)」が就役し、1960年代初頭のアメリカの空母戦力に新たな次元を加えました。
総数として、アメリカ海軍は約20~30隻の空母(正規空母および一部護衛空母を含む)を運用可能でした。
ただし、常時展開可能なのはその一部(10~15隻程度)で、残りは予備役や改装中でした。
1960年頃の他国の空母保有数
イギリス
イギリス海軍は、1960年頃にオーディシャス級(例:HMSイーグル、HMSアーク・ロイヤル)やセンチュリオン級など、約4~6隻の正規空母を運用していました。
軽空母や護衛空母も一部運用されていましたが、数は少なく、第二次世界大戦時の規模から縮小していました。
フランス
フランス海軍は、クレマンソー級空母(クレマンソー、フォッシュ)が1950年代後半から1960年代初頭に就役し、1960年頃には2隻の正規空母を保有していました。
また、旧式の空母(ベアルンなど)は退役済みで、規模は小さかったです。
ソビエト連邦
1960年頃、ソビエト連邦は航空母艦を保有していませんでした。
ソ連は空母開発に遅れをとり、1960年代後半にヘリコプター搭載艦(モスクワ級)が登場するまで本格的な空母は存在しませんでした。
その他の国
カナダ、オーストラリア、インドなどはこの時期、空母を保有していませんでした。
インドは1961年に旧英空母「ヴィラート」を購入しましたが、1960年時点では空母なしです。
他の国も空母を保有しておらず、航空母艦は主要な海洋国家に限定されていました。
アメリカの空母数は約20~30隻(正規空母を中心に)で、イギリス(4~6隻)やフランス(2隻)と比較すると、数倍の規模でした。
ソビエト連邦やその他の国が空母をほとんど持たなかったため、アメリカの優位性は圧倒的でした。
質の差
アメリカの空母は、ジェット艦載機(F-8クルセイダーやA-4スカイホークなど)を運用可能な大型空母(エセックス級やミッドウェイ級)で、搭載機数(70~90機)や攻撃力も他国を凌駕していました。イギリスやフランスの空母は規模や技術面で劣り、搭載機数も30~50機程でした。
運用能力
アメリカ海軍は空母打撃群の概念を確立し、空母を中心に駆逐艦や巡洋艦を配備する運用能力を持っていました。
他国は単艦運用が主で、戦力投射能力は限定的でした。
工業力と予算
アメリカの工業力と軍事予算は他国を圧倒し、大量の空母を維持・運用する経済的余裕がありました。
まとめ
1960年頃、アメリカの航空母艦の数は約20~30隻で、イギリス(4~6隻)、フランス(2隻)以外の国はほぼ空母を持たず、数量で数倍、質や運用能力でも大きく上回っていました。
この圧倒的な差は、アメリカが冷戦期の海上覇権を確立する基盤となりました。


