1/800 自作の空母タイコンデロガに1960年代頃の艦載機を37機搭載してみました

空母タイコンデロガ  USS Ticonderoga (CV-14)

排水量 27,100 t
全長 270 m
全幅 45 m
就役 1944年5月8日
退役 1973年9月1日

1960年代の空母タイコンデロガをイメージして、航空機を搭載してみました! 当時はベトナム戦争が激化していた真っ只中。
タイコンデロガはエセックス級空母として、ベトナム沖のヤンキーステーション(空母機動部隊の遊弋地点)で重要な役割を果たしていました。そんな歴史的な背景を頭に描きながら、搭載する航空機を選んでみました。

今回搭載した航空機の解説

●E-1 トレーサー(早期警戒機)
1950年代後半から1960年代にかけて導入され、主に1960年代に空母で運用され、1970年代初頭まで運用されたものもありました。

●S-2 トラッカー(対潜哨戒機)
1950年代中盤から運用開始され、1960年代が最盛期。
対潜戦(ASW)任務を担い、1970年代中盤まで運用が続きました。

●A-4 スカイホーク(軽攻撃機)
1950年代後半から運用開始され、1960年代はベトナム戦争で広く使用されました。
小型で多用途なため、エセックス級からエンタープライズ級まで幅広い空母に搭載。
1970年代以降も改良型が使われました。

●F-8 クルセイダー(戦闘機)
1950年代後半から1960年代がピークで、ベトナム戦争初期に活躍し、1960年代後半からF-4 ファントムIIに徐々に置き換えられました。

●A-3 スカイウォーリアー(大型艦上攻撃機)
1960年代中盤(1964~1965年頃)からベトナム戦争でA-3が本格的に投入され、爆撃任務や空中給油任務で活躍しました。
KA-3B空中給油型は、戦闘機や攻撃機の作戦範囲を拡大するのに特に重要でした。

航空母艦の飛行甲板において、航空機の着陸スペースを確保するために、甲板の前方エリアに航空機を配置しています。
アングルドデッキの発明は、従来の直線的な飛行甲板に比べて革新的な進歩をもたらしました。
この設計により、着陸と離陸の同時運用が可能となり、航空機の運用効率が飛躍的に向上し、さらに、アングルドデッキは緊急時の安全性も強化し、空母の総合的な運用能力を大きく高めることに成功しました。

日本軍特攻機の襲撃

1945年1月21日、台湾沖を航行中の空母「タイコンデロガ(USS Ticonderoga)」は、日本軍の特攻機による攻撃を受けました。2機目の特攻機が右舷の艦橋付近に突入し、爆発により艦橋周辺で火災が発生しました。艦内は一時混乱に陥りました。

キーファー艦長は全身に55箇所の重傷を負いましたが、艦橋内にマットレスを敷いて横になり、12時間にわたりダメージコントロールを指揮しました。乗組員は指示に従い対応を続け、14時頃までに火災は鎮火。「タイコンデロガ」は大きな損傷を回避し、戦場を離脱することができました。

ダメージの概要

攻撃の状況 : 台湾沖で2機の特攻機が「タイコンデロガ」を攻撃。1機目は飛行甲板中央に命中し、格納庫内で火災を引き起こしました。2機目は右舷の艦橋付近に突入し、艦橋周辺で爆発と火災が発生。
●物的損傷
飛行甲板 : 1機目の突入により飛行甲板に大きな穴が開き、格納庫甲板まで貫通。爆発により格納庫内で火災が発生し、複数の航空機が焼失。
艦橋周辺 : 2機目の突入により艦橋構造の一部が損傷。対空火器(特にボフォース40mm機関砲)や周辺の装備が破壊され、火災が広がった。
格納庫 : 格納庫内の火災により、燃料や弾薬の誘爆が発生。ダメージコントロールが迅速に行われたため、火災は艦全体には広がらなかった。
その他 : 船体の構造的損傷は限定的だったが、電気系統や通信設備の一部が影響を受けた。

●人的損害
死傷者 : 約144名が死亡または行方不明、200名以上が負傷(キーファー艦長含む)。特に艦橋と格納庫での被害が大きかった。
●運用への影響
攻撃後、「タイコンデロガ」は航空作戦を継続できず、修理のため後方(ウルシー環礁、後に米国本土)へ撤退。
修理期間 : 1945年2月から4月にかけてピュージェットサウンド海軍造船所で修理を行い、4月20日に戦線復帰。

小型のタイコンデロガに大型のスカイウォリアー

●スカイウォリアーのサイズ
A-3スカイウォリアーは、1950年代に運用開始した海軍の大型ジェット爆撃機。全長23m、翼幅22m、最大離陸重量は約31トンで、「Whale(クジラ)」ってニックネームで呼ばれてたらしいです。
この機体は核爆弾を搭載できる戦略爆撃機で、もともと大型空母(ミッドウェイ級やフォレスタル級)での運用を想定していました。なので、タイコンデロガみたいな「小型」空母での着陸は、かなりギリギリのチャレンジだったようです。

●タイコンデロガのサイズ
タイコンデロガはエセックス級空母で、第二次世界大戦時代の設計。全長約270m、飛行甲板の幅は約45mと、当時の空母としては立派だけど、現代のスーパーキャリア(ニミッツ級やフォード級、約330m)に比べるとかなりコンパクト。
特に、戦後のジェット機時代には甲板の長さや強度が大型機の運用で限界に近づくことがあったようです。

空母タイコンデロガは、比較的小型の艦体であるため、飛行甲板の大部分をアングルドデッキが占める構造となっています。しかし、1960年代当時は運用されていた航空機が現在よりも小型であったことから、甲板の前方エリアに多くの航空機を効率的に係留することが可能でした。
このような配置は、限られたスペースを最大限に活用するための工夫が反映されたものでした。